子どもがほしいから母になりたいへ

摂食障害・過食嘔吐

妊娠出産に嫌悪感があった20代

私が結婚したい、出産したいと思うようになったのは30歳を過ぎてからです。

20代の頃は30歳を超えて生きている自分を想像できませんでした。

毎日が過食嘔吐に支配された生活

そんな生活に疲れていて、きっと一生抜け出せないと思っていたので、

30歳になる前に死のうと思っていました。

自殺することが唯一の逃げ道で救いでした。

この頃、結婚や出産には嫌悪感を抱いていました。

そろそろ結婚や出産をする歳という目で見られるのも嫌だったし、

結婚出産して当たり前という価値観にもうんざりしていたし、

妊婦や小さな子どもを見るのは苦痛でしかありませんでした。

兄弟たちが小さな子どもを連れて帰省するのも嫌でした。

無月経で過食嘔吐症の私にはない未来だと思っていました。

30歳を過ぎて家族がほしいと思うように

30歳を過ぎたころ、過食嘔吐はまだあったし生理もなかったけれど、体重は健康だった頃に戻ってきていました。

健康になりたい、なりたくない、なりたい、

そんな葛藤がありつつ、それでもやってきたことが少しずつ良い方向に進めてくれたのかもしれません。

ふと、子どもを連れて帰省した兄弟たちを見ていて

家族が欲しい

そう思いました。

兄弟が結婚して子供を持ち、新しい家族を持っている

そのことに憧れを抱くようになったのです。

兄弟が新しいステージに行ってしまった寂しさもあったと思います。

私は、ずっと一人でここにいるんだろうか

漠然とした不安もありました。

家族がほしい、結婚して子どもをもちたい

でも、その思いで苦しむことになります。

無月経であることの劣等感

家族がほしい

結婚して子どもをもちたい

と思うようになり

生理のない私が妊娠できるんだろうか

不安になりました。

そして、とてつもない後悔に襲われます。

なぜ、無月経を3年間も放置してしまったのか

すぐに病院に行っていればここまでの状態にはならなかったかもしれない

生理も戻っていたかもしれない

妊娠するまでずっと思い続けました。

病院に行って、排卵はあるのか、妊娠出産が可能なのかと何度も尋ねましたが、いつも答えは

わかりません

いますぐ妊娠を望むのでなければ調べる必要もありません

というものでした。

婚活を始めた頃、このことが劣等感となって自分に自信がありませんでした。

妊娠出産はできないかもしれない

きっと不妊治療することになる

それをどのタイミングで伝えたらいいのか

そもそも伝えなくてもいいのか

婚活で出会った人との3回目のデートでなんとなく、子どもはできないかもしれない

と伝えたら

「しょうがないよね。でも、まだ分からないよ。できるかもしれないよ」

と言われその後音信不通になったり

知人の紹介で知り合った人と付き合うことになり、そろそろ結婚をという話になったとき、

「子どもは?できるの?」

と言われて結局別れたり。

子どもがほしいから母になりたいへ

この頃、毎朝、新聞を読むことが日課だった私はこんな記事を見つけました。

それは、認知症のお母さんの介護をしている娘さんの話。

その人には子どもがいないそうです。

お母さんの介護をするようになって、

ある日ふと、子どものお世話をしている母のような感覚を覚えたそうです。

ああ、お母さんが私を母にしてくれたんだ

そう思ったと言います。

私ははっとしました。

そうかぁ、そういうこともあるんだなぁ

すごい人だなぁ

涙がでました。

自分次第なんだと思ったのです。

結婚したい、妊娠出産して子どもがほしい

そう思うと叶わないかもしれないとつらくなる。

けれど、

子どもがほしいは母になりたい

その思いがあるからだと気づいたんです。

そして、母になりたいに変えたら

すっと楽になりました。

それなら、私にもきっとできる、なれると思えたからです。

家族をもつ、母になる、それはいくつになっても誰しもがなれるものだと思います。

子どもじゃなくてもいいんです。

この人のように自分の親だったり、動物だったり、植物だったり

母にしてくれる存在はたくさんあります。

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