死ななかったのは

摂食障害・過食嘔吐

怪我、GW

帰郷して数週間が経ったころ、怪我をしました。

脚の怪我で、癖になっている部分。今回で3回目。

立ち上がろうとした際にひねっただけだったので、だいぶ筋力が落ちてしまっていたんだと思います。

病院に行き、サポーターで固め、しばらくリハビリに通うことになりました。

そして、迎えたGW。

大家族だったので長期休暇は人がたくさん集まります。

それだけでも、かなりのストレスですが、母は忙しくなり私に構っていられなくなりました。

そのことがそのときの私には耐えがたいことでした。

寂しかったのだと思います。

一人暮らしをしているころ、死にたくても死ねないと思ったのは、仕事があること。

そして、賃貸アパートに住んでいること。

今、ここで死んでしまったらこの部屋は?

父と母が来て片付けて引き払うのか、賠償金を請求されたりしないか?

そんな迷惑だけはかけられない、と思ったのです。

実家に戻ってきた今、この家の名義は父です。

仕事もありません。

ほんとうに何もなく望み通り身軽になったのです。

でも、生きている意味もありません。

生きていることがつらいだけなら、このまま父と母に甘えようと思いました。

その音楽があったから

ネットで練炭とコンロを買いました。

誰もいない時間帯を狙って配送してもらうように手配しました。

練炭はとても重く、2階まで運ぶのは一苦労でした。

ひとまず、クローゼットにしまいました。

チャッカマンを自分の部屋に置きました。

いろいろと考えた結果、2階のトイレがベストだと考えました。

窓とドアをガムテープで目張りすれば、かなりの密閉性を保てると思ったのです。

車という選択肢も浮かびましたが、ドアを開け閉めする音で両親が目を覚ます可能性もありました。

実行する日は、家族がいなくなってから、父と母が寝てからと決めました。

日付を決めて、その時間を迎えました。

私は、最期に聞きたいと思った音楽をiphoneで聴いていました。

ドビュッシーの月の光

なんて綺麗な音なんだろう

涙が出てきました。

聴いているうちにだんだん疲労感を感じてきました。

そして、こう思ったのです。

この音をこの音楽を聴けるうちは、生きていてもいいんじゃないか

この音を美しいと感じられるうちはいいんじゃないか

死ぬことは保留にした

その日、結局、私は死にませんでした。

死ぬことはとりあえず、保留にしたのです。

食べ吐きをし続ける生活はつらくて苦しいけれど、でもそれだけ。

実家の両親の元、とりあえずは生活していける、

1日寝たきりで休むこともできる

夜、一人でアパートで自分の首を絞めながら、会社に行かなくてはならない

と呪文のように唱える

そんな生活に比べれば随分ましだと思ったのです。

そして、ぽつぽつと、月の光をピアノで弾いてみました。

たどたどしいけれど、まだ弾けるじゃないか

この音が聞けるうちはいいじゃないか

子どもの頃の私を思い出しました。

一生懸命ピアノを練習している自分。

その時の自分に

ありがとう

と言ったら、

ぽろぽろと涙が落ちました。

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